2009.07.02

200年住宅の100年後

昨日ちょっとTVで200年住宅の特集を見た。見たところ、流行な感じの洋風(ホント「風」)住宅だった。リポートでは基礎に通風口をあけず、エアコンは完全セントラルで部屋間の温度差をなくしてある等々…。まぁもっと沢山工夫がされているんだろう、と思う。けど結果、売りの材料でしかないんじゃないのかな〜ってのが感想。
僕は家なんて買える身分でもないし、買ったってキツキツの敷地にギリギリ建てられる程度(でも良い方だ)しか無理だろうから、全く買おうとも思わない。ある程度子供らが大きくなったら生活自体も縮小するだろうから、今は広めの借家、その後は小さく暮らすかな〜って感じ。でこれってね、核家族だからこう言った考え方が出来るんですよね。同居とか二世帯だとかなら状況が変わってくると思う。
で、TVのリポートの200年住宅(新築)に住んでいたのは核家族だったと思う。んで核家族の住宅に200年も必要なのかな〜って。そら〜ちゃちなのよりも立派に建てた方が家にとっても町にとっても良いに決まってるとは思うんだけど、都市部から離れた郊外の住宅街に核家族の為の小さく区画された土地に200年住宅って100年後どうなってんの?てこと。
僕は住宅の専門家ではないけど、この戦後からの持ち家の姿っていつまでも続かないと思うんだけどどうなんでしょう? 200年住宅の骨子みたいなのってのがほとんど何世代も住む昔ながらのノスタルジーでしかない気がするんです。200年住宅って上物=建築物のみで、どちらかと言う土地に対して200年くらいのスパンを持たせないと狭い敷地の小さな家が200年もってもあんま意味ないんじゃないのかな。仮に狭い敷地の小さな家が200年保ったとしても、周りの同じ様な敷地に建ってるのってのが軒並み(環境含め)変わって行ったら完全に取り残されちゃうと思うんだけど。
自宅の周りは畑から小さく区画された新築が建って行く。それは完全に核家族をターゲットにしたもの。親が職人だったせいで大工さんが家を建てて行く過程を知っているから、そこら辺の新築が建って行く過程を見るとこんなんで良いのか〜と思っちゃう。で、思うんだけど、200年住宅なんかより今流行のリユースとかリサイクルとかの考えを取り入れて30年住宅くらいの方が核家族には良いんじゃない?建て替えるって時には分解できて別の住宅に使える様な。ま、それって昔ながらの木造って事になっちゃうのかな?100年安心の年金もダメだし、200年住宅の100年後を見てみたよ。

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2009.06.29

周回遅れのハルキニスト

「1Q84」が売れてるそうで。そんな中、見出しを発見「“だから”村上春樹が好きな男はダメなんだよ」って。なんかちょっとわかる様なわからない様な…。
僕もたぶんハルキニストの1人だろう。けど、ノルウェイの森が流行った時は見向きもしなかった。まぁちょっとビートルズと同じで感じで捉えてて僕が読まなくてもいいだろうと。しかしある時、読むものがなくって付録みたいな冊子で初めての村上春樹を短編で読んた。「午後の最後の芝生」だった。読み終わってから何じゃ!こりゃ?という具合に、出版された順から読み出してしまった。それがたぶん30才前くらい。なので、かなり遅れて来たハルキニストな訳だ。で、ビートルズも同じ道を辿ったのね30才くらいで全コレクションを聞きまくった。まぁビートルズは置いといて。
で、今42才なんだけど、今んとこ「1Q84」は読むって感じではなくって、それは新刊買うの高いし、流行ってるし、そのうち誰か読んだのが忘れた頃に回ってくるだろうって思う訳です。今僕の中で流行ってるのが、(今頃)司馬遼太郎なのです。建築家の人に勧められ読み出したら、そのロジックの塊の様な映像感がたまらなく、こりゃ、(友人の)建築家が好きな訳だと思った。そのぐいぐいくるフィクションともノンフィクションともつかない様な、そして今自分が生きている瞬間と繋がっている感じで面白くってしょうがない。
で、ある日、夜中に変な映画をやっていた。んんん…。家人も起きて来て何見てんの?って。何となく引き込まれ見続けてたんだけど、あ、これ「風の歌を聴け」だ、と。そして夜中家人(もハルキニストの1人だ)と2人最後まで見てしまった…。そこで感じちゃったんだよね。あ〜僕もおじさんになっちゃったのかな〜って。その時から今読んでる司馬本(かなり長編)が終わったら「風の歌を聴け」読み直そうっと思ったのでした。なぜか、司馬遼太郎のぐいぐいくるお話って、父親が読んでた世界みたいなね。ロジカルでリアリティがギラギラした。で、そんな中、村上映画の中の不安定な要素を見た時に、なにか置いて来てしまった様なものを思い出したんだね。うまく説明できないけど。
で、上記の「〜の男はダメなんだよ」ってのもちょっと頷けなくもないのかな。村上作品のその浮遊する世界感は好きなんだけど、やっぱもうなかなか村上本だけ続けて読めないのね。時にはがっちりリアルな現実と対峙しなきゃならないって感じになっちゃった。それがおじさん、なんだろうか?僕の中でも解決できない。
ま、今は司馬ワールドにどっぷりなので、これが読み終わったらば「1Q84」でなく、「風の歌を聴け」をまず読み返そうと、とりとめのない話しでした。そういえば学生時代本なんか読んだ事ないやつが最近読むようになったって。で、なに読んでんの?って聞いたらはにかみながら「村上春樹とか」と言っていた。

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2009.06.25

過剰なる安全

ここんとこ、子供と公園に行くと憤る事が多い。そりゃ些細な事かもしれないんですけど、遊具を取っ替え過ぎである。今朝とある小学校でもブランコを撤去していた。なんで?…
しかも奴ら、相っ変わらず気が効かない。自宅近くの公園には大きな鉄製の複合アスレチックがあったのを、気温が暖かくなって来た3月に撤去しやがった。そこに立て札、「老朽化のため遊具を云々…」バカじゃないの?どう蹴っ飛ばしたってあと20年は倒れないような鉄のかたまりだよ。そら、ロープとかボルト類の更新は必要だろうがどう見ても老朽化はしていない。し、最近ペンキも塗り替えきれいになってたし、最近は検査シールみたいなものだって貼って管理してある。単なるアスレチックだからロープと網以外の稼働部はない。更にだ、未だに公園は更地のままだ。どうなってんの?また別の近所の公園にも同様の立て札が立っていた。かろうじて遊具は現存してたけど、時間の問題なんだろう。
なぜこうなってしまったんだろう?数年前からボックス型のブランコで事故が起こってたのは記憶してる。僕も子供の頃、相当無茶して遊んでて友達が怪我したのも立ち会ってる。しかし、撤去されるのはそういった動くものだけじゃないんだよね。要するに公園で怪我をするととにもかくにも、自治体(管理側)の問題にし過ぎる。のか、自治体が過剰反応で先に手を打ったか…。もしくは公共工事ってのが前倒しなんですかね、やり過ぎ。遊具を変えれば安全なんだろうか?
子供を持つ友人(女性です)と(僕も居ます)以前、面白いってのは裏で必ず危険が潜んでるんだよねって話しになった。それは車の通行の多い道のまん中で遊ぶって類いじゃなくって、落ちるかもしれないけど跳べるかもしれないくらいの崖とか、塀とか…。跳べばヒーロー、か仲間、跳ばなきゃ… なんて子供に世界があった。そういったものがなくなったんじゃない?って話しだった。それは大人になっても変わらず、仕事の上でも新しい事にトライする時も同様なんだよね。言ってみればドキドキするみたいな事かも知れない。昨今の遊具取り替えで、ますますそんなドキドキがなくなって来てるんじゃないのかな。鉄にぶつかれば痛いし、落ちれば痛い、けどそんな経験したから痛さも怖さも体感して大人になると思うんだけど、見るとその機会が失われている気がする。するとドキドキする事を避け出来る事しかやらなくなっちゃう。
考えてみればこの日本の大人の世界もそうかも?と。変化する危険を冒さず出来る限り現状を維持しようとする。ちょっとでも危ないと思われる事は過剰に規制がかけられる。そりゃ、年を取ればある程度そうなるとは思う。けどね、なんか若いうちからそんなんだと、歳とって萎む一方だよ。
大怪我しない程度にたくさん転んどかないと、後になって必ず大怪我をすると思うんだよね。子供の世界だけでなく、大人だって。

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2009.06.24

議員さんたち子供だな〜って

久々TVニュースを見てあれれ…野球は交流戦明けブレークか…と思ってみてたら笑ったね宮崎の東国原知事。TV向きのニュースだったな〜と思って。ご存知「東国原知事『総裁要求』」の件。
あの発言を持っていろんな人(議員、その他)にインタビューしてたのが良かった。僕は報道ステーション見てましたが。けっこう議員さんたちは本気で怒ってるのがTVを通して伝わって来た。久しぶりに楽しいニュースだった。まぁ一般の人にインタビューするのは退屈だったけどね。大阪の橋下知事の「ジョークでしょ?」って表情も絶妙で良かったな〜。猪瀬東京副知事が言ってたのがいちばん的を得ていたと思うけど、今後オフィシャルにはどうなるんでしょうかね。
東国原知事の発言って言うのはかなりいいメッセージだったよねと思う。世論調査なんかでも辞めろ、解散しろとかって方向でまとめてるんだけど、あらためてそのメッセージをぶつけてみたんだよね、って感じ。そこに実際本気かもしれないけどユーモアがあるって事が秀逸でした。真面目に総裁候補にしろって事をユーモアに包んでメッセージにしちゃってる。猪瀬氏の言った通り、不可能を承知でやんわり断り、知事(会?)としてのアピールが乗っかってる。ここんとこの対応、議員さんたち子供だな〜って。
自民党とのキャッチボールの中で東国原知事がモーレツな暴投か、すんごいグニャグニャな変化球を投げて来たんですよ。で、議員さんたちは「お前!ちゃんと投げろ!」とか「キャッチボールわかってんのか?」とか些細な事言ってる訳ですよ。要するにあの東国原知事の発言に対向するにはやんわりとやさしいジョークでうまく表現する事がいちばんスマートなのにムキになって本気モードバリバリな表情で応えるもんだから、あ〜そこら辺の知性がないのかな〜って思たのでした。
かつてはブッシュ大統領の靴とか、いろいろありましたよね。あの辺て追って行くとユーモアで処理できててあ〜大人だな〜と思うんですよね。アジアはダメなんだろうか?そこら辺のユーモアのセンス磨いとけば外交問題とかだって、ひょっとするとうまく行くんじゃない?アジアの近隣も本気モードバリバリの国ばかりだしね。
しかし、最後に骨太の方針のニュースもやってたけど、「小泉路線から脱却」ならもういい加減に「骨太」も変えたら?と思ってしまった。買えない事が彼らのジョークなんだろうか?…。

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2009.06.22

肥満との戦い

何だか蒸し暑くなって来て、軽〜く「夏までに!」なんて聞いてちょっと前に思った事を。肥満に関する話しです。と言うのもこの春からウサギを飼い始めたのです。昨年夏に熱中症で5年過ごしたモルモットが死んでしまって、娘が何か飼いたいと最初は小鳥を考えていたところ、近所にウサギ専門店があり、そこで見て来て一発で決めてしまった…。
で、飼うにあたってスタッフにレクチャーを受けたんだけど、そこで、あ〜人類は肥満との戦いなんだな〜と思ってしまった訳です。それは「ウサギににんじんは与えてはいけない」と言うことを聞いてからです。曰く、あれは絵本の中のお話と言っていました。ウサギにとっては柔らかく、糖分の多い人間の食べる野菜はウサギにとっては歯が伸び過ぎてしまうらしい。要するに堅く繊維質のもの(そこでは牧草奨励)を噛んで、奥歯をすり減らし、お腹の中をきれいにするのが健康の証とか。固形の餌は餌にあらず、補助食品と言っていた。なるほどあれだって与え過ぎるとあっという間に肥満ウサギだ。まぁ厳密には、ウサギににんじんはちょっとくらいは良いんだけど、与え過ぎちゃうと甘くって柔らかいものしか食べなくなっちゃうと言うことらしい。
これ人間と全く同じなのね、てこと。今の野菜ってたぶん想像するに原種のものってほとんどないだろうと。家畜だってかなり人間にとって(おいしく)食べやすく品種改良されたものだと思う。まぁ、ウサギにとってのにんじんは人間にとってもにんじんな訳だ。想像するにやっぱ、人間は脳みそが大きくなったかわりに大きなエネルギーを必要として、その必要をまかなう為に食べやすいエネルギー豊富な食物が生み出された。それは、今では加工食品に展開されてスーパーなんかに山となってるんだね、と。
ほんで、ウサギにとっては繊維質のものをむしゃむしゃしてれば太りはしないで健康でいられる。人間はどうだ?食物も発展したと同時に体力を使わない様なものを次々と発明しちゃた。もうだめ押しだね。
ニュースなんかでアメリカのどっかの大学で肥満遺体する新しい発見があったとか聞くと、よくやるね〜と今までは思ってたんだけど、ウサギを飼う事によって、そうか、人類の大きな問題の一つなんだな〜と実感したのでした。
あ、それと僕はいわゆる薬?サプリメント?では(最終的には)痩せられないと考えてます。結局ナンヤカンヤ食べた分だけエネルギー消費しなきゃ何も変わらないって思っています。肥満との戦いは食べる方に着目するんでなくって、動く方に重点を置いた方が効果的ですよ。食べものも美味しくなるしね。

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2009.06.11

今年のプロ野球はどうなんでしょう

NYヤンキースの松井選手が来季の契約が結べないかもしれない…なんてニュースが飛び交った。僕なんか別にヤンキースなんかに固執することないじゃん!って。このニュースは比較的ネガティブに書かれてたりする。まぁ、資金的に見てもある意味「都落ち」感はあるにせよ、決してネガティブな気はしないんだけどね。だって移籍先で大爆発の可能性は多いにある訳だし。
そんなニュース内で移籍するとしたら阪神じゃネーの?と煽る一説があった。まぁそれも一つでしょう。けど書き方が「(今季)弱い阪神が強くなって巨人の対抗馬になる…」みたいな書かれ方してた。むむむ…。今季、今んとこ読売ジャイアンツがセリーグではぶっちぎっている…。
ところで、今シーズンのプロ野球は盛り上がっているんだろうか?
僕の答えは「yes」である。が、よく、「巨人が強くないと野球が盛り上がらない…」とかいう、どこかの新聞社の手先みたいな(けど最近A新聞系ニュースでも言ってたな〜)記事があったもんだが、今シーズンどうなんですかね?と聞きたい。いえ僕は「yes」なんですよ。けど一紙を除くスポーツ新聞の一面の記事タイトルに読売ジャイアンツ関連が踊るのは稀になって来てますよね。どうなんでしょう?
僕が「yes」と言ってる原因の一つは言わずもがなWBCワールドベースボールクラシックでしょ。怪我になかされる選手が多いですが、今ちょうど交流戦時期なんでチームメイト対決とか、このての対決軸を演出する記事は多い。たぶん、今注目はなんて言っても楽天イーグルスの田中投手でしょう。それと思うんだけど、今年はイチローに関する記事の扱いが大きくなった気がする。マイナス面は横浜ベイスターズの2年連続じり貧と千葉ロッテマリーンズの監督問題のドロドロだけですかね。全体的には少しづつですが球界が「改革」して来てる事が本当の野球ファンにとっては良くなって来ていると感じています。
そもそも「巨人が強くなければ〜」と宣っていた人は「MLBに比べて日本のプロ野球は…」とか決して見ていないくせにそれらしく煽ってるだけなんですよね。で、応えるのはオバチャンオジチャンだけなんですよ。彼らは単なる伝導スピーカーでしかありませんから。
しっかし、昨今夜遅くのスポーツニュースの野球解説が薄くてたまらないと感じているのは僕だけでしょうか。

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2009.06.10

安パソコン

ちょっと前に携帯電話を変えたんですが、その際、ちょっとだけiphoneにしてやろうかと思ったけど、結局やめました。なぜならそれほど携帯電話を使わないからなんです。けど、アップルのユーザーだし、いろいろデータを持ち歩けるなんて噂を聞いてちょっとだけ心が動きました。
で、今かなりやすいノートパソコンが売れているらしいですが、何で今までなかったんだろうと思ったんです。ひょっとしたらiphoneみたいに電話なんだか、パソコンなんだかわからなくなってくるのかもしれませんが…。
むか〜し、僕がパソコンを使い始めた15年くらい前ですかね〜よく人から「今度パソコン教えてくれよ」なんて言われたりしてたんですが、「?」って感じだったんですよ。まぁ、たぶんその頃ってのはパソコンが魔法の箱みたいにあがめられ、ちょこちょこっとやればなんでも出来る、と勘違いされてた節もあろうかと思います。また、パソコンでデザインしてるって言うと「ああっCGですか!」と頭ごなしな知ったかぶりな人もいたくらいだったので。そんなこんなでインターネットも普及していよいよ1人1台な感じになって来た頃でも「パソコン教えて」は消えず、(今でもあるのかな?)パソコン教室なんて看板だってあちこちにあった。
かつて、アナログ-デジタル論争みたいな事もあったころよく「コンピュータはあくまでも道具だ」なんてわざわざ言わなきゃいけない風潮もあった。そうですよその通り。コンピュータ、パソコンって何かをするために使うんですけど、その何かが見つかってない人達がパソコンをやりたがっていたんですね。けど何も出来ないって。パソコンで何をやりたいんですか?を探さなきゃね。
で今現在、(たぶん)コンピュータを買ってインターネットに繋がない人はいないだろうと思う。という訳でパソコンってインターネットに繋ぐ端末としてかなり完成されて来てるな〜と思っていたのです。世の中にはすごいスペックのパソコンがありますが、ものすごいもの作ったり、計算したりしなきゃ、こんなスペック必要ないよな〜と。いっそ余計なもの削ぎ落としたパソコンがあればいいのにと思ってました。(結果、アップルはiphoneに集約したんですかね?)しかも今普通にビジネスで使うのにマイクロソフトのパッケージソフトくらい動けば充分なんでしょう。あとは年賀状くらいか…。
しかし、僕なんか古い人間なんですかね。インターネットも電話でも「線」が繋がってないとどうも落ち着かないんですよね…。だからiphoneやめたのかな…。

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2009.06.02

1000円渋滞

土日と泊まりがけで友人数人と山中湖ロードレースに行って来ました。僕もかれこれ5〜6年出てるかな?やはりここ最近のランニング人気をひしひしと感じます。エントリがあっという間に満員になりますし、宿も半年くらい前から(幹事の方が)押さえています。天気も何とか持ってそれぞれに良いレースでした。
で、ほぼ毎年出ていて、行程も慣れたものですから、そんな感じで帰路についた訳です。そこで初めて味わいました「1000円渋滞」。いや〜混んでるね〜、みんなマラソンじゃないよね〜なんて呑気な事言ってたんですが、そこは毎年同じ季節に走っていて、やはり今年の渋滞は違った。とは言え、僕らだって(乗せてもらった車がETC搭載)その1000円の高速料金(厳密には首都高と富士五湖道路は別)の恩恵には受けている訳ですが…。
僕はやはり呑気に、いや〜こりゃ混んでるな〜、家着くのは夜だな〜なんて思っていたんですが、同乗者が「しかし、これ、1000円つったって、のこり後払いだろ?」と、いろいろ昨今の高速の値引きやその財源の話しに…。まぁ渋滞中の会話としてはなかなか前向きで研究熱心な車中となりました。そして友人「だいたいオレなんか1月から8月まで自分の為に仕事して、あと残りは国の為に働いてんだぞ!」と。そういわれてみりゃそうだな〜。「なんかこの1000円渋滞も腹が立ってくるな!」と単なる渋滞よりもその矛先が行政になって来た。
ちょっと前に千葉県(知事?)がアクアマリンを割引きするとかニュースになってたと思うけど、あれだってどこからか財源絞り出して割引きすると思いきや、結果、税金なんですか?やっぱ結局後払いって事なんでしょうか?…1000円渋滞も走っていれば、その割引と快適なETCのおかげで、そんな税金の後払いも忘れるのかもしれませんが、こんな(すごかった)渋滞ではね…と思いました。
しかし、そこは前向きに。何せメンバーのほとんどが広告関係の方々。「もうなんかキャンペーンでもやろうか!」と。「『この渋滞はあなたの税金でできています』ってステッカーでも作ってばらまこうぜ!」。なかなかいいアイデアだと思います。橋とか道路でもよく大きな看板ができてますもんね。「この道路は○○税金でできています」って。

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2009.05.22

マスク大流行

今やTVはインフルエンザ一色な感じですが…。もはや、導火線に火がついた時点である程度広がるのは時間の問題だと思うんですが、僕の見る限り(特に都内初!とか)その現状を説明するだけで、う〜んこりゃひと昔前の(今もあまり知りませんが)TVタレントのゴシップを扱う様なTVワイドショーと変わんないな〜と思ってます。ま、それは今始まった事じゃないんでしょうが…。で、うがい、手洗いとか言ってるんですがそれでも不安でしょうね。ま、これもTVとかで同じ様な報道しかしてないので、余計に不安を覚えてしまうのかもしれない…。
ところで、マスクにいろんな話しが出てますね〜。僕は(記憶によれば)マスクをした事がない。か、一度、祖母のお見舞いに行った時にしたかな〜と言うくらい。もうへそ曲がりなので、余程命に関わらなければ絶対マスク何かするか、って気になっちゃう。逆にある知り合いなんかはマスクする事で流行に敏感なところをアピールしたりも。まぁこれは結果全然敏感じゃないって言ってる様なもんだけど。
冬に電車に乗るといかにも風邪だなって感じの咳をしながらマスクをかけた人がいたりすると、なるだけ近寄らないようにしている。無言で席変わる人だって見るしね。でもさ、このマスク大流行するとどうなんでしょうね?従来、マスクした人からはなるべく距離を置いたり避けたりしたんだけど、これ逆になったりすんですかね?「あの人マスクしてないから近寄らない方が良いわよ…」とか。うわ、たまんないね。
ところで、この新インフルエンザってどうなんですか?自然治癒(って言うのかな?風邪みたいに)できるんですかね?どーもTVとか見てると、そりゃ大流行しちゃまずいだろうがどうやって治るのか治すのかってのが「緊急入院」しか語られてない気がすんのね。カタイ言葉で「毒性は低い」とか言われても医者じゃないから何と比較して低いのか解んないしね。
あ、そうだ、この各都道府県での新型インフルエンザの発見、発表の仕方って前の議員の年金未納問題に近いんだよね。で、その後どうなったかは…???。それともペットボトル入りの水かな〜。ちょっと前までみんな水道の水飲んでたのに「え!水道の水飲んでんの!?」とか言われちゃう。そんな感じです。

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2009.05.15

エコカーの洗車

自宅の近所にヒマさえあれば車ばっかり洗ってるおじさんがいるんだけど、特に汚れてる訳でもないのに一生懸命洗ってる。それほど違いないのにな〜と思うんだけど。
そんな中、たいした車でもないけど、ここんとこの雨と木から落ちて来た鳥の糞がバラバラしてたので久しぶりに自分の車を洗ってみた。で、どうしたもんかな〜と…。
世の中、エコカーって言葉が飛び交ってますけど、う〜ん、この部分はどうなんだろうってのが洗車だ。
例えば洗濯機は水の使用量を抑えたり、石けん成分をベースにした台所洗剤とか、それなりに環境に配慮した商品がいろいろある。で、エコカーを筆頭にした最近の環境問題って二酸化炭素だけに注力しすぎてないんだろうか。大通りに面した広い車の洗車場なんてものがある、もしくはガソリンスタンドの洗車場。あそこから洗剤の泡がわんさか流れてくる。これって???そもそもエコってのは「地球にやさしい」とか「共存」てのがベースだと思う。で、この浮ついた「エコ」は結局その周辺は全くエコではない世界なんじゃないだろうか。ニュースではホンダのハイブリッドカーが軽自動車を除く販売台数がトップになったとか、トヨタの新型もヒットの予感とか。それはそれである意味(総台数が増えればそれほど効果ないとは思わないけど)ガソリンの消費を抑える効果はあるんだろう。けどね、結局そういう車も合成成分のシャンプーでじゃぶじゃぶ洗ってれば、巷の浮ついたエコにしか参加してないことになるんじゃなかろうか。北極のシロクマは心配しても自分ちの近くの川のカエルのことは心配してないことになるよね。平気で小川の鴨なんかに餌をやってる人達を見てもあ〜あと思っちゃうのと同じなのかな。実際すいません、調べてないので環境に配慮した(どうやって?)洗車用シャンプーあるのかもしれない。けどその近所の洗車好きのおじさんを見るとどーもね、と思っちゃう。
で、僕は車洗い慣れてないからどうしたもんかなと思って、まぁその(休)日はお風呂も洗わなきゃいけないから、お風呂の残り湯使っちゃえってね。けど水洗いですよ。

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«若者の車ばなれ〜以降