1年生に「図工」って必要?(1)
土曜日小学校の授業参観に行きました。今回は図工がポイント、秋の展覧会と兼ねた参観でした。仕事柄、図工は見物だなと思っていたのですが、あっちゃ〜って感じ、でした。
内容は2時間通しで家から持ってきたペットボトル、空き箱等々で動物を作るという課題だった。ポイントとしてはペットボトルの形を活かす、事だったらしい。まずその1、ペットボトルの形を活かすのであれば「なぜ」動物(限定)なのだろう?。その2、ペットボトルを加工するのにカットは先生に頼む、って自分で扱えないものを「なぜ」材料に選んだのか?。その3、接着はボンド及びテープでくっつけるのだがその2同様、うまく扱える事なくテープのぐるぐる巻き…それが美しいかと言えば…?。結果、全体を通しては時間内に完成させる事を優先させられる…。いくら授業参観とはいえ、僕がかつて経験した「受験」の様だった。
展覧会は場を体育館で個々の制作物と共同のものとが館いっぱいに展示してあった。それはそれで迫力はあったが、本来、表現すると言うよりは物質的な氾濫にしか見えなかった。
家に帰って考えてみた。そもそも1年生に「図工」って必要なのだろうか?と。
国語や算数はやはり1年生、基本的な事を反復して学習する事がメインになっていた様に思う。それはそれで良いと思う。ちなみに理科、社会はなく「生活」という枠でお得意の朝顔の栽培や、地域の地図を作ったりクラスで動物を飼ったりして学ぶ事を目的にしていた。図工もこの中でいいジャン!と思う。なぜか図工だけに「妙な」自由さが鼻につく。例えば朝顔でもじっくり観察して描くだけで理科と図工が一致するし、地域の地図をきれいに書く事だって、動物に必要なものを作ることだっ立派な図工足り得る。
少なくとも(僕が習った中では)表現するのにはある程度その基本が必要だと思う。それは難題を解いたり、新しい発明をする為の基本として言葉の読み書き、基本的な足し算、引き算が出来て始めてできるにも関わらず、図工は子供の感性を大事にするみたいな幻想の上に立っているように思う。じゃあ、音楽はどうなんだろう?やはり基本(楽器の習得など)の上に感性を見つけて行くのではないか。いきなりすらすらとすばらしい演奏などできる訳がないと思うのだが。この図工を音楽に置き換えれば勝手にピーヒャラ鳴らして授業と言えるのか?
ちょっと書ききれないのでこの辺でその1としときます。(つづく…)
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