情緒的な裁判所
「堀江被告!実刑!」って夕刊でなぁ〜んかTV見たくねぇ〜な〜と、思っていたにもかかわらず見てしまった。
まぁ、だいたい想定内ですか。一度、僕も検挙された経験(http://grounder.way-nifty.com/blog/2006/04/post_5fae.html)から言えば、反省してるかしてないかみいたいな、みょ〜な判断基準がある。(反省してます!て宣言すりゃいいのか?)しっかし、裁判所って法を通して客観的に物事を見る最たるものじゃないのかな?。マスコミを通しても「ハンディキャップを持った母親から〜」なんて裁判所で紹介するようなものなのだろうか?。陪審員制度を導入するにあたってこんな情緒的でいいのかなって不安を覚える。だって、その(重大)事件に際してメディアの論調が情緒的にある方向に引っ張ればおのずとそれに流される(選ばれた)陪審員がその通りに判断することが懸念されるんだけど。
正直言って堀江氏が問われてる法違反?については僕の頭では白か黒かはよく分からない。けど、カネボウやら最近の日興コーディアルやらの話のアウトラインを聞いていると、この堀江氏の逮捕から判決までなんか釈然としない。いや、たぶん、ひょっとしたら限りなく黒に近いグレーなのかもしれない。しかしこの検察のやり方ってどうなの?そんなこともよく分からないけど、やるんなら同様にほかの事件(容疑)でもやって欲しいところだよね。
重ね重ね、この法律に関して詳しいことは分からない。けどホリエモンの味方にまた一歩近付いてしまった。それはひょっとしたらメディアに(反対的に)乗せられているんだろうか?。


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